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夢の小径を散歩する  あちらこちら寄り道 道草    つれづれなるまま・・・・
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第2章  植物  2

私は初めて植物に関わる夢見をしていた。ここにはヘラオオバコが生育していて、私は肩から大きな翼が生えた若い女性を見ていた。何故か私は彼女がオオバコの精だということを知っていた。私が彼女に近づき自己紹介すると、彼女は私がここに来た理由を尋ねた。「まず」と私は答えた。「あなたが私や私の友人たちを、数年にわたって助けてくれたことに感謝したいと思います。あなたの葉が多くの傷を癒してくれました。今回はより深い、別の種類の手助けを求めて、あなたを尋ねて来たのです。私たちの心の苦しみや、精神の汚染に比べれば、切り傷やすり傷は何でもありません。この種の苦しみを取り除くことも手伝って頂けますか」オオバコの精である女性は、葉っぱからピョンと飛び降りると、私の近くに飛んで来た。ちょっとの間、彼女は私の顔の前を飛び回ってから、私の目をじっと見つめた。それから微笑んで、「もちろん、お手伝いするわ。私の仲間たちもよ。そうすることがとても嬉しいの。実は、私たちは誰かがこうした助けを求めてくれることを、200年間待ち続けていたの。求められなければ、私たちは何もできないの」
 
「求められなければ何もできない」この千年間についてこれほど控えめな表現を差し出す植物に任せようではないか!求められたときには植物が何をしてくれるのかを見てみよう。人間の文明はすべて、余剰な穀物、つまり植物の寛大さが生み出した一つの形態である。私たちの種の歴史は、植物が私たちの望むものなら何でも供給してくれることを示している。私たちの社会は快適さに価値を置き、その快適さを手に入れるために植物界に依存してきた。これは満足を求める方向に行き過ぎにならない限り、素晴らしいことだ。もし一瞬でも快適さを追い求めることを忘れて、植物に人生の喜びや、豊かさ、意味などを見出す手助けをしてくれるよう求めたら、他のありとあらゆるものを分け与えてくれたように、そういった質を分け与えてくれないと考える理由が何かあるだろうか?植物を恍惚とした歓びを知らないただの口のきけない生物だと考えるのは、無知あるいは悲劇的に傲慢で愚かな考えである。あらゆるものが恍惚とした歓びに満ちて自然とひとつに融け合う。心の底から湧き上がる歓びのない人生は、真の人生ではなく生きる価値がない。湧き上がるような歓びがなければ魂はしぼみ、道からはずれ、精神は崩壊し、肉体は苦痛を受けるようになる。歓喜に満ちた自然との融合は、通常の健康と生存にとって欠かせないものだ。
 最近私は、生徒が患者を連れて来て私が治療するというクラスを開いた。患者の一人は退院して来たばかりの中年の男性だった。彼は白血病で苦しんでいて、死期が迫っていた。彼はアーティストとしての人生をあきらめ、人生の最期に痛みを緩和する治療を求めてさまよっていた。彼の魂へと夢見で旅して行くと、もっとも近寄りがたい砂漠のような、不毛で荒涼とした心象風景が現れた。私はこの男性に2種類の植物のスピリットを処方した。数日後、メキシコの家に戻ってまもなく、彼の治療の経過を追っていた生徒から、次のような手紙を受け取った。
 
 今月初めに会った白血病を患った男性から、今週電話があって、治療の結果がいいようだから、また治療を受けに来たいと言ってきました。次に来た時、彼は自分に起こったことを話し始めました。あなたが彼を治療した次の日、彼はいわゆる「異なった意識状態」で目覚め、以来ずっとその状態が続いているそうです。彼はよく家族と過ごした島に行き、彼にとって大切な岩で、あるとき彼に語りかけてきたことのある岩絵のところにまた行って、「心を落ち着かせること」だと語っていました。先週彼の医者は、彼の白血球の数が2分の1までに減少したので、白血球を殺す薬の量を2分の1に減らしました。彼はスタジオを掃除して、また絵を描き始めました。彼曰く、「はっきりした夢」をずっと見ていて、そういう夢に癒しの効果があると語っています。
 彼の治療を控えて、私はモウズイカのスピリットを使うことに決めていました。彼が来る前日、私は谷にモウズイカが自生しているのを見つけていました。次の日の朝、彼が私の家に到着する前に、私はもう一度モウズイカへ夢見で旅をしました。私はカラスがモウズイカの群生地のそばで私を待っている場所へと運ばれて行きました。近くに1本の木が立っていました。その木の枝の間に、カラスの羽やモウズイカの葉でできた巣がありました。ここで恵みの波を受けて、滋養を必要とする誰かの願いが叶うのでしょう。準備ができたそのときに彼は飛び立つでしょう。患者が到着して、私は彼にモウズイカのスピリットを処方しました。彼は診察台で横になっている時に、窓の外でカラスの鳴き声を聞きました。彼はかつて彼のガールフレンドがもらったカラスの赤ん坊の世話を引き受けたことがあるという話を始めました。彼女があまりやりたがらなかったので、私たちの患者がカラスの赤ん坊のために巣をこしらえ、何ヶ月も世話をしたのです。彼はカラスの生態を学びながら、どれほど自分が夢中になったかを話しました。時が来てカラスは飛び立ったのです。
 
 この物語の中で最も注目すべきことは、その患者が「異なった意識状態」に入ったことだ。この新たな意識が、彼が夢の中に癒しを見出すことを可能にし、若い頃にもっていた自然との神秘的なつながりの中に再び入ることを可能にしたのだ。この神秘の中で人生は再び生きる価値のあるものとなり、彼の体はそれに応えて、病魔と闘うほど回復したのだ。彼がスタジオを掃除し、絵を描き始めたことが、この男性が癒された証しだ。他の言い方をすれば、彼は復活し、人生に戻ってきたのだ。自然との心躍るような歓びに満ちたつながりのお陰で、今やこの男性にはいくらか生き残るチャンスがある。それ以前には全くなかったところに。だが、究極的には、癒しというのは人が死ぬかどうかということではない。癒しとは、人がいかに生を十全に生きるかということだ。私はこのアーティストが長生きして実りある人生を送ることを願うが、たとえ彼が明日死ぬことになっても、それでも彼は本当に生きたのだから、大成功だろう。
 私の立場の保護とみなさんの啓発のために、ここのところを明確にし確認する時間をとることは価値あることだと思う。私はこの男性を白血病と診断したのでも、またそのための治療をしたのでもない。プラント・スピリット・メディスンは病気の診断や治療をするものではない。私は何かの病気の治療薬として、薬草を用意して提供するわけではない。第12章ではプラント・スピリット・メディスンのプラクティショナーが、ある人物に対してどの植物を使うかを決める際に、その人にどんな症状があるにせよ、いかにそういった症状に注意を払わないかを、さらに詳しく説明するつもりだ。


*プラクティショナー・・・一般に開業医、あるいは弁護士などの専門的な職業を開業する人に使われる。ここではプラント・スピリット・メディスンを使って専門的な治療を行う人、施術者のことをさす。

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プロフィール
HN:
miriko
性別:
女性
職業:
カード・リーディング
趣味:
自然観察
自己紹介:

夢や夢見に興味があります。自分の見た夢が誰かの夢とシンクロしていたり、現実と重なってきたり(予知的)・・・そんな測り知れない夢の世界について語り合ったり、もう少しだけ深めることができればと思っています。
専門的な視野、夢解釈などのコメント大歓迎です。
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